続・NLPパパ会(”任期”という新米パパの懸案事項)

投稿日:2022年03月18日 |カテゴリー:Blog, 勉強, 学校, 研究

みなさま、こんにちは。おくむら(@nori_broccoli)です。

大学の教員という人間に対する世間の評価というものはどういうものでしょうか。年収1000万円は軽く超えていて、自分の好きな研究だけに没頭していて、ちょっと気難しいけど専門的なことを語らせたら右に出るものはいない……、そんなオンリーワンの「先生」みたいなものでしょうか。きっと、こんな印象を持っておられる方が大半なのだと思います。それがいわゆるステレオタイプであったとしても、そう信じられているような気がしてなりません。

一方で、現実はそんなに甘くなくて、唯一合っているとすれば、「専門的なことを語らせたら」という部分のみです。大学の教員には教員免許は必要なく、その代わりに博士号の取得が要求されます。一定の年齢層以下の大学教員であれば、博士号を持っていない教員はほぼいません。昔は学士や修士で助手となって、下積みをしながら博士論文を執筆するというモデルもあったようですが、今の大学業界では助教以上のポストに就くためには博士号が必須要件となっています。

博士号を取得するためには、ストレートで標準的に進められたとして27歳がゴールです。22歳で大学を卒業し、24歳で修士号を取得、27歳で博士号を取得というステップですね。ほとんどの方がこのステップで博士号を取得されます。もちろん、これ以外の道もたくさんあって、例えば企業の研究所に修士卒で勤めて、企業で研究を続けながら社会人ドクターとして大学に在籍し、博士論文を執筆するようなモデルですね。

どんな道であっても、日本で博士号を取得しようと思うと、一部の限られた条件を満たした場合以外は飛び級が認められていないため、27歳〜30歳あたりが修了のピークとなります。つまり、高卒で就職していたり、大卒で就職していたりする同期と比べると、5年〜10年分の社会人経験(≒給与所得)が欠落します。そういう事実もあって博士課程への進学を断念する学生もいるようで、最近ではDC1やDC2に採択されなかった学生のために研究室が給与に相当する何かを出していくようなスタイルにシフトしてきている面もあります。アメリカなら、教授がとってきた予算で博士学生を雇用しながら研究させるというのが一般的なので、そういうスタイルになりつつあるのかな、と思います。

そうやって同期の友達が社会人経験を積む間に、博士学生として研究実績を積み、晴れて博士号を取得したとしましょう。その先は順風満帆であってほしいし、博士号を持っているのだからそれ相応の待遇を期待する、それはごく自然な考えだと思います。人よりたくさん研究してきて、学術界のみならず、その応用先においても多大なる影響を与えてきたわけですから。しかし、現実はそうなってはいなくて、博士号を取得すると壮大な「椅子取りゲーム」がスタートします。

え、博士号を取得すると、そのラボで助手になるのでは?

え、だってオンリーワンなんだからどこからでも声がかかるのでは?

それはおそらく半世紀も前の話です。今はオーバードクターの問題が顕著で、博士号を取得しているにもかかわらず定職に就けない人が確実に増えています。大学院重点化の弊害です。日本の技術力、研究力向上のためにと大学院進学を奨励してきたは良いものの、受け皿のことを全く考えずに進めた結果、苦労の末博士号を取得しても仕事がない、という状況が続いています。博士号は足の裏の米粒とも言われていて、取らないと気持ち悪いけど取っても食えない、そんな酷い話が現実です。

ようやく本題です。

こんな状況で、博士号を取得して、どうにか椅子取りゲームに「勝って」、助教のポストを得たとしましょう。良し、これで長らく待たせてしまったパートナーと家庭を築いて、子どもも持って、好きな研究に没頭して……と夢想する、当然誰でもそう思います。

が、残念ながらその状況は3〜5年ぐらいしか続かないのです。これが「任期」問題です。以前は、助手なり講師なりに採用されれば、終身雇用と考えて良く、定年まで仕事を続けられるというのが一般的でした。しかし、1990年代後半辺りから、人材の流動性とか研究の活性化とか、そういう触れ込みで若手教員のポストが3〜5年程度の任期付になってしまっています。もちろん、流動性という面では、長くても5年ほどで人が入れ替わるので、その面においては成功しているのだと思います。

この任期制というものが、若手の子育て環境を激しく蝕んでいるというのも大きな事実としてあります。先にも書いているとおり、27歳〜30歳頃まで大学で研究に没頭していて、下手をすると奨学金という莫大な借金を抱えたまま何とか職を得て、少しずつ借金を返済しつつ仕事をしていく、そんな立場の人と結婚し、子育てをするというビジョンが持てるでしょうか。その上、任期が3年と言われれば、3年後には無職になる可能性だってある。そんな中で、結婚して子育てしようと考えるでしょうか。

あり得ないですよね……?

もちろん、それでも良い!!二人で頑張っていこう!!と言ってくれるパートナーに巡り会えたのであれば、たとえ一時的に無職になる可能性があったとしても、一生大切にしてあげてください。きっとどこかで良いことはあります。そんな素晴らしいパートナーに出会えているのだから。

ちょっと話がズレましたが、そうして、どうにかこうにか結婚して子育てしようとする方もたくさんおられるでしょう。コロナ禍になってからは「転勤族」という言葉が昔のことのようにリモートワークに人が流れ、引っ越さなくても、転勤しなくても働けるモデルが増えてきました。

しかし、大学教員はそうはいかないのです。3年〜5年で任期が切れるのが分かっているので、任期のない教員ポストを探しながら研究を続けているわけです。ただ、その任期のない教員ポストというのはどこにあるのか?というのが子育てにとっては大きな問題となります。特にタイミングが大きいですね。

子育てにはいくつか大きなタイミングがあります。まず、どのタイミングで子どもを持つか、これが最初のタイミングでしょう。運良く任期5年の仕事に就けたとして、2年目ぐらいで1人目が生まれる。素晴らしいことです。ただ、長くても4年後には新しい仕事を見付けなければなりません。そうすると、例えば3歳で幼稚園の年少組に入れるといったモデルを考えると、4年後ではなく3年後(任期5年の4年目)には次の場所へ異動しておかないと、「転校」あるいは「単身赴任」という選択を迫られることになります。

私は小学校を3校経験しています。1年生で入学した学校は、2年生の時に人口爆発のため半分に強制的に分けられてしまい、仲の良い友達と会える機会が激減しました。その上、3年生の末には同居問題が発生し、祖父母の家に引っ越すことになってしまったため、さらに友達が激減するという問題が発生しています。もっと悪いことに、転校した小学校に全く馴染めず、4年生〜6年生の間は本当に辛い記憶しか残っていません。

そういう経験があると、自分の子どもにはそんな思いはさせたくない、と思いますよね。そうすると、任期付の教員の選択肢は一気に狭くなってしまいます。今の居住地域から通える範囲で何とか仕事を見付ける、子どものことよりも家庭の収入・安定が大事だからきちんとした仕事を探す、研究者としてのチャレンジを優先したいから収入も家庭も二の次で探す……、色んな選択はあると思いますが、家庭がある以上、家族みんなが納得する選択をしなければいけません。

そうなると何が起きるか。ある人は自分の研究を諦めて今の居住地から通える大学で何とか生きようとするかもしれません。ある人は大学に見切りをつけて企業へ流れてしまうかもしれません。ある人は家族と離れても良いから研究を続けられる場所に一人で行ってしまうかもしれません。

実は、博士号取得直後の職探しよりも、家庭を持って子育てフェーズに合わせた職探しの方が何倍も難しいのです。しかも、そのタイミングになると椅子取りゲームの椅子の数も減ってきていて、より厳しい戦いをしなければなりません。大学教員の任期制は、結婚・子育てとは全く噛み合わない価値観で考えられたものなので、若手に対して研究か家庭かという命題を突きつけているだけのような気持ちになります。

そういうことを考えてどうかは私は詳しくは知らないのですが、京大は任期なしのポストがほとんどになっていて、運良く京大の助教になれれば、任期を気にせず研究や子育てが出来る環境を得ることができます。東工大も任期制の問題を考えた結果なのか、最近は任期なしのポストを出してくるようになっています。私が最初に在籍していた高専も任期なしのポストばかりです。高専の場合は任期なしというメリットを押し出さないと教員を確保しづらいという別の問題もあるのでよく分かりますが。

任期制というやり方は、私の感覚的にはメリット3割デメリット7割ぐらいかなと思っています。最初は任期付で雇用しておいて、その大学にずっと居て欲しいと思う教員を任期なしにしていくと考えればとても上手く運用できるものだと思いますし、リスクマネジメントにもなります。色んな教員が出会うことで生まれるイノベーションもあるでしょう。人材が流動することで色んな知識・経験が混ざり合うことは革新的な発明につながる可能性もありますから。

ただ、少子高齢化が叫ばれる現状では、日本を支えていくことになるはずのブレインたちをこのような扱いにしている時点で失敗していると思います。日本の研究者が海外や企業に逃げてしまうという話もよく聞こえてきます。せっかく頑張って取得した博士号が全く役に立たないどころか、それが足かせになって満足に家庭も築けないようでは先が思いやられます。

子育てパパにとって、大学教員の任期制は本当に厄介なものです。NLPパパ会でこの話題も出てきたのですが、別枠で書かないと文字数が増えすぎるので切り分けています。そのぐらい根深い問題だと思います。日本の研究者が日本国内で安心して働きながら子育てできる環境を整えていくことが大切なのではないでしょうか。生活基盤が不安定な状態でパフォーマンスを発揮できる人間などそうはいません。大学の教員だからこそ、企業のように利益を追求するわけではなく、純粋に学問として一つの問題を追及していくことができるという強みがあるはずで、そういった10年20年先を支える人たちが安心して働ける環境を整えて欲しいなと心からそう思いました。

ある県では、博士号取得者は教員免許がなくても小中学校の教員になれる、みたいなことを言っていますが、そうじゃないんですよね。博士号取得者を博士号取得者として正しく活用できる、そんな施策に期待します。