退職のお知らせ(とその他諸々)

投稿日:2022年03月31日 |カテゴリー:Blog, 子育て, 学校, 研究

みなさま、こんにちは。おくむら(@nori_broccoli)です。

本日(2022/03/31)で1年3ヶ月勤めた現職を退職します。元々5年の研究プロジェクトで1年毎の契約更新という特任講師の立場でしたので、契約を更新しないこと伝えて契約終了ということで進めてきました。任期なしだったり任期途中だったりすると退職の手続きが煩雑になる部分もありますが、1年更新だと年度末に更新しなければフェードアウトなのでその点は簡便で良いですね。少し長くなりますが、退職報告とその他諸々を書いていこうと思います。

(博士課程修了後)新卒として任期なし教員に

こちらの記事で、若手の任期問題について主に結婚子育てという視点から書きました。実は私は、任期なしの教員として高専に10年間勤めていて、そこから任期有りの大学教員へ転出しています。比較的希有な事例ではないかと思いますが、そこに至るには色々な経験がありました。

まず、高専という任期なしの仕事を選んだ理由は、こちらの記事に書いたとおり、まさに結婚子育て問題です。大学時代からの付き合いで博士号取得を機に結婚しようということになり、その時はまだ仕事すら決まっていたなかったわけですが、30も近くなってきていて幾ばくかは返済免除となるものの多額の奨学金を抱えての結婚はなかなかハードルが高く、研究は続けたいけれど任期付は避けたいとの考えで高専ばかり応募していました。たまたま縁あって拾ってもらえて良かったものの、あのタイミングで仕事を得られていなければ今の私はありません。感謝ですね。

高専は基本的に任期なし教員を採用しているので、一度採用されれば余程のことがない限り職を失うおそれがありません。そういう面では精神的にとても平和で過ごしやすい毎日だったと思います。

子育てフェーズと配置換え

最初に採用された高専は地元から車で5時間以上かかる(電車だともっとかかる)距離にあったため、上の娘が生まれて元気に走り回るようになり、実家のありがたみを感じるようになりました。スープの冷めない距離に住みたいという話も聞こえてきますが、遠くても1時間〜2時間程度で帰省できる場所での仕事を探していたところ、互いの実家まで車で1時間半程度の高専に縁があり、めでたく配置換えされることとなりました。

このお陰で、ちょっとした子育てイベントで詰まったときは実家に預けに行ったり実家から手助けしてもらえる機会が爆発的に増え、子育てが大変楽になったことを覚えています。ちょうど幼稚園に上がるタイミング(厳密には配置換えから1年後)ということもあって、生活に慣れつつ半年ぐらいかけて幼稚園を探すこともでき、とても良いタイミングで配置換えできたなと思っています。

しかし、人間の欲というのはなかなかなくならないもので、実家から近くなり、サポートが得られるようになると、今度は帰省費用をもう少し節約できないかとかいろいろ考えはじめます。

人事交流制度を活用して地元への配置換え

任期なしの教員をしている割には、ずっとJREC-INと睨めっこしていて、縁があれば地元の学校へ異動したいなと探していました。そんな折、高専の制度として人事交流制度で地元の高専へ勤務できる可能性が見えてきました。最長5年間の交流で、受け入れ先がOKであればそのまま勤務し続けることもでき、元の高専に戻っても良いという制度です。これは利用しない手はない。

ちょうど娘が幼稚園を卒園し、小学校へ上がるタイミングでこの交流制度ができたため、早速活用することとしました。多少の調整で交流が決まり、ちょうど小学校の入学と合わせて引っ越すことができました。これは子育て的には大変嬉しい。

一方で、娘の気持ちはどうなんだ?ということに気づかれたかもしれません。これもたまたまなんですが、娘の通っていた幼稚園から、その時の居住地域の小学校に進級する園児が1人もおらず、一緒に小学校に行く友達が全くいない状態でした。ご近所付き合いというのもあまりなく(そもそも田舎過ぎて近所に人がいなかったし同年代も皆無)、そこで小学校に進級しようが、地元に引っ越しをしようが、娘にとっても何のデメリットもなかったため助かりました。仮に小学校に進級してしまっていたら、今もそこに住み続けていたかもしれませんし、世の中本当にタイミングが重要だなと思います。

地元に残り続けるための職探し

どうにかこうにか地元の高専で仕事をすることができるようになりましたが、最長でも5年後にはまた前の高専に戻る必要があります。もちろん、地元の高専がずっと置いてくれるというのであればありがたいですが、なかなかそういう交渉も難しいところがあるので、同時に地元周辺の職を探していました。この時、実はさらに欲が出てきて、大学への転出を本気で考え始めていました。

理由はいくつかあるのですが、これまで指導してきた学生の進学先を考えたのが一番大きな理由です。高専という特殊な教育機関での指導を通じて、高専の5年生(大学なら2回生)に学会で発表してもらえるような研究指導を続けていて、巣立っていった学生たちはとても良い研究室に進学しています。例えば、東工大のO研とか、北大のA研、NAISTのN研など、言語処理学会関係の方であればすぐに分かる研究室へ進学し、頑張ってくれています。

そういう実績を見ているとやはり私にも欲が出てきて、進学実績は学生のポテンシャルが99%であることは承知の上で、私もそういう風に来てもらえる研究室を持ちたいなと思ったことがきっかけです。なんとか入学という関門は突破できるレベルまで指導できるなら、卒業(修了)までしっかり指導できる教員になりたいなと考えます。これがなかなか難しいところですが……。

高専で10年間教育指導してきた実績はもちろんあるものの、大学教員としての経験は皆無だったので、いろんな大学の公募に出してみても、面接までは行けても採用の決め手がないみたいな状態で苦戦しました。大学は研究実績が基本ですから、私のような雑魚研究者を受け入れてくれるような大学はなかなかありません。当然「任期付の職」を探すことになるので、生活にも影響が出ます。

そんな状況でしたが、地元の大学に内定を頂くことができ、大学教員への道が開けました。

支えてくれるパートナーに感謝しつつ任期付大学教員へ

家庭を持つと考えていたこと、それ以上に、私のようなレベルの研究者では新卒で通用しないだろうと思ったいたことなどから、大学院終了直後のポスドク期間や任期付助教期間を飛ばして、任期なしの職を得て10年勤めてきました。精神的にはとても楽で良かったですが、少しずつ研究の真似事をしているうちに、新しい環境へのチャレンジ精神も芽生えてきます。

たくさん公募に出して、ようやく手にした内定は「私立大学・任期3年(更新の可能性あり)」でした。つまり、このオファーを受けると、最長3年後には職を失う可能性があります。まさに今、理研の大量雇い止め問題が出てきていますが、その波に乗ってしまう可能性があるわけです。パートナーにこのことも全て含めて、このオファーを受けて良いかどうか相談したところ、迷わず「どうにか支えるからチャレンジできることにチャレンジして!」と言ってくれたことで決心しました。

普通は、何もしなくても定年まで働ける環境を捨てて、数年後には職を失う可能性のあるようなことにチャレンジして欲しいなどと思わないはずですが、本当にありがたい言葉でした。まだまだひよっこの研究者ですし、そもそも大学できちんと研究室を回せるのかという不安もありつつ、任期3年という職に異動します。

コロナ禍と任期更新

やっと得た大学の教員の職ですが、2年目の終わり頃から暗雲が立ちこめます。そう、みなさん今もまだ苦しめ続けられているコロナ禍です。2019年度末から2020年度は本当に大変でした。文系大学なので研究指導はゼミという単位で実施しますが、ゼミ生の指導を頑張りつつ、オンライン対応をしつつとてんやわんやの時期に突入です。

コロナ禍でもあり、今まで「普通だと思っていた自分の仕事」がなくなってしまう、そういう話が多方面から聞こえてくるようになり、私も任期の更新は気にしなくて良い、来年からも頑張ってくれと言われていたのですが、一抹の不安を覚えていました。案の定、夏頃に「そうは言ったもののコロナで任期を更新できるだけの予算がなくなった」と言われ、慌てて(でもないですが)職探しをすることになりました。この辺は理研の問題と同じかもしれません。

幸い、博士課程終了直後の若手と違って、10年以上の教育経験と2年半の大学教員の実績があるため、それまでに培ってきた人脈など色々駆使して探すといくつか条件に合ったところが見つかり、5校公募に出して3校からオファーをもらえたというなかなかの戦績を収めました。理研問題を見ていると、どう見ても私より優秀で素晴らしい研究者が路頭に迷いそうになっているため、本当に運が良かったと思います。

ここでまた、3つの中から選ぶという話をパートナーとしたところ、「偏差値で選ぼう!」みたいな大学受験のような感覚で今の職を選びました。実際、そういう意味でのレベルは群を抜いていましたので。

”特任”教員というお仕事

実は私はこれまで、専任教員の経験しかありません。ですので、一般的な正社員と同等の待遇で生活をしていました。一転して、特任教員というポストに就いた関係上、例えば「住民税は特別徴収対象外」とか、「扶養手当とかの各種手当てがない」ということに少々驚いたのも事実です。とはいえ、とんでもない予算のついた5年のプロジェクトにジョインできるようになり、とても楽しみにしていました。

ただ、やはり「任期」という問題がついて回るのは事実で、5年間のプロジェクトとはいえ、契約は1年更新の、言わばパートタイムのお仕事みたいなものです。専任教員でもないので、生活の不安定さが残りますね。

研究自体は、これまで細々と科研費を取りながらやってきた研究と違って(というか、これまで私が頂いた科研費の何倍もの予算がある状態で)、大抵の物は言えば買ってもらえるし、潤沢な資金で研究をするとはこういうことか、と予算取りの大切さを実感しつつ、楽しく取り組めていました。これまでは言語を扱う研究が主でしたが、人生で初めて画像処理の研究をすることになり、右も左も分からない中、いろんな検証を進めてきました。

特に、部署的に医療画像を扱うことになるため、医学的な視点が必要になったり、研究倫理について深く考える必要があったりと、本当にこれまでやってきた「研究の真似事」が真似事に過ぎなかったのかと改めて実感もしました。実際に役立つシステムを開発しながら性能評価し、倫理的な調整もしていく、こういうある種当たり前のプロセスさえ新鮮に感じたものです。

今回、縁あってこのラボを退職し、新しいところへ移ることになりますが、ここでの経験は本当に有意義なものでした。1年3ヶ月という短い期間であったものの、支えてくださったラボのメンバーに感謝しきれません。特に、今まで扱ったことのないテーマで研究をすることができたのは、自分の引き出しを増やしていくことにもつながりましたし、改めて言語の研究でも有用な技術がたくさんあるのだなと違う視点を持つこともできました。

「医療AI」というのはどんどん進化してきています。その最先端の研究をされている方と議論する機会が得られたのは何物にも代えがたい経験です。この経験を活かして、次の場所でも頑張っていきたいと思っています。

改めてパートナーに感謝してまとめ

任期なしの職を捨て、チャレンジする道を許してくれたパートナーが居るからこそ、こういう新しい経験をたくさんできて、仕事をすることができています。確かに、生活には常に不安が残る状態で、安心して暮らせるにはほど遠い状態だと思いますが、それでも毎日支えてくれていることを実感しています。前の記事にも書きましたが、そういう状況で支えてくれるパートナーに出会えたことを感謝しなければいけません。前の記事のように、若手の間に苦労をかけた、というわけではないので、厳密には状況は違うと思いますが、子どもが大きくなり、これから益々教育などにお金がかかってくる時期にこういうチャレンジを認めてくれるのはありがたいことです。

数時間後には新しい仕事に関する報告も書くとは思います。これまでも、そしてこれからも、縁あって私を採用してくださった方々に感謝の意を示しつつ、プライベートでの支えになってくれているパートナーに改めて感謝します。また新しい仕事の方でもよろしくお願いいたします。