実験の規模感の違い

投稿日:2019年06月25日 |カテゴリー:研究

みなさま、こんにちは。おくむら(@nori_broccoli)です。

おくむらの研究テーマである「連想」について、改めて別の視点から分析し直そうと心理学の先生に文献を紹介してもらったところ、ユングの連想実験が出てきました。


早速一通り読んでみての感想ですが、連想と言っても実験の規模が個人レベルで完結していて、大量のデータを扱う話には結びつかない印象です。それも当然で、もう100年も前の実験結果なので、現在とはなかなかうまくリンクしていない部分があると思います。

ただ、実験方法については学ぶべきことが多くて、2018年の学生研究賞を受賞した指導学生のテーマと同じようなアプローチが100年も前に実施されていたという事実を知り、驚きを隠せません。これをどのように連想の研究に役立てていくのかはこれからなのですが、100年前の実験方法をビッグデータの世界で活用していくというのはロマンがあって良いです。他の人には真似のできない面白い連想知識ベースができそうな予感は充分しています。

元々ユングの連想実験は、被験者の心理状態を把握するために行われたものであって、対話の基盤として、人間の連想機能を模倣したいとか、人間の語彙力の限界を測定したいとか、そういう話ではないです。実際、じっくり読んでいると、あらゆるところで心理状態の分析項目が入ってきて、実験データも、心理状態に関する考察しか見られません。

目指すところは違うのかもしれませんが、アプローチとして有効だろうという目算が立ったのは良いことだと思います。おくむらも、連想に関しては思うところが多々あるので、違う観点からの分析結果を載せていくというのはとても刺激的で面白い取り組みです。文系の大学に移って、心理学系の先生といつでもコラボできるようになったのがとても良い方向に作用しているように思います。

コンピュータの進化はとても早いので高々20年〜30年程度の話かもしれませんが、ニューラルネットワークがこれだけ流行っていても、根本的な考え方はすでに20年も30年も前にあったわけです。心理学となるとコンピュータでゴリゴリという世界が訪れたのも最近のことと聞きますし、コンピュータの技術では一日の長がありますから、お互いに得意分野でコラボできるのが良さそうです。(繰り返しになりますが、そのコラボの一例が学生研究賞の受賞です。今までにないアプローチでチャレンジしていることが評価されていますので)

少なくともおくむらの持論としては、日本全国津々浦々、どこでも適用可能な連想知識ベースの構築は不可能だということです。知識ベースを作った人、関わった人の個性がそのまま出てしまうので、いくら機械的に作ったとしても、「評価」というフェーズで確実に地域性や世代が反映されてしまいます。もちろん、おくむらが主体となってベンチマークを構成すれば均質な評価はできるのかもしれないですが、地域ごとに異なる評価というものが加味されないため、「ベンチマークのためだけの手法」が生まれてきてしまうのは想像に難くありません。

理想的には、評価のフェーズに地域性や世代を盛り込むことさえできれば、知識ベースの構築方法は共通して使えるという状態ですね。どこまでが一般化できて、どこまでが特化型になるのか、調査しても調査してもまだまだ結論の見えない難しい課題です。

100年前の実験方法と今の実験方法では、扱うデータ量が桁違いすぎて結果の扱い方も随分変わってきます。同じような実験をしても、時代が違いすぎるので結果も異なるのでしょう。連想のベンチマークのための知識も一部公開されているものがあるので、それをベンチマークとして評価したとしても、ベンチマークそのものが時代遅れになってきていては意味がありません。

継続的に研究を続けながら常に新しい評価フェーズを考えていくこと、これがまず連想の研究で大切なことです。評価フェーズを評価するというメタな研究をやっても良いですが、まずはユングの方法で何か面白いものを作るところからスタートです。

連想の実験に興味がある方は声を掛けて下さい。もれなく被験者になってもらえます!(被験者は随時募集中ですが・・・謝礼をどこまで出せるのかは微妙)