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自分の思いか家族の思いか仕事か・・・|知識情報処理研究室(Okumura-Lab)

自分の思いか家族の思いか仕事か・・・

投稿日:2019年06月22日 |カテゴリー:Blog

みなさま、こんにちは。おくむら(@nori_broccoli)です。

堤真一さんの記事を見ていて遠い昔の記憶の旅に出たのですが、おくむらは神戸市のご事情で1回、家庭のご事情で1回、それぞれ小学校で転校しており、3つの小学校に在籍していた経験があります。まぁ、1回目は人口爆発で収まりきらなくなった児童を分割するしかなくなったというだけなので、厳密には転校というわけでもないのですが、友達と別れるという面ではあまり変わりないかと思います。2回目の転校は心の底から嫌だったので、今でもこの点だけは納得できていないところです。(学力的にも神戸市トップクラスの地域から神戸市最下位クラスの地域に移ったのでなおのこと・・・)

自分が家庭を持つようになって、本当にいろいろ考えさせられます。娘を育てるならどういう地域が良いのか、娘は地域になじめているのか、もちろんパートナーも地域が気に入ってくれているのか、自分の生活母体となる地域のことには非常に敏感になります。幼い日の私に引っ越すことを告げた父親は、一体どういう気持ちだったのでしょうか。私はひたすら泣きじゃくって「嫌だ嫌だ!」と叫んでいた記憶しかありません。入学し、分割された小学校の地域がとても好きだったので、離れることが苦痛で仕方なかった記憶です。

ただ、私がそれを苦痛に感じた大きな理由は、引っ越し先が隣町という微妙な感じだったからなんですよね。ニュータウン的に開発されていた地域から、少し世代の古い地域(祖父母の家なんですが)へ引っ越すというのも嫌で、何もかも嫌だった記憶しかないです。これが、北海道から沖縄に引っ越すみたいな話なら割り切ることもできたのかもしれないですが、歩いて行ける(と言っても谷を一つ越える)ところへ移動する意味が分かりませんでした。

その頃、祖母の体調が悪く、ほぼ聴力を失ってしまった祖父のみで暮らすのは・・・ということで近所に住んでいる私たちが引っ越すことになったのですが、おくむらの家族よりも適任が身近にいたのに、なぜか父がしゃしゃり出て引っ越すことになりました。この辺りから父親との関係があまり良くなかったのは否めませんし、(なんだかんだ続いているものの)母がおくむらと弟を連れて家を出ようとしたのもこの時期です。私も散々嫌な気分になっていたので、母に対しても、「出ていくというならおくむらは弟と二人で暮らすから家を用意しろ」みたいなことを言った記憶があります。

小学校時代に家族ときちんと話し合いをしてくれない父に振り回された、という記憶しかないので、転校することに関してものすごくネガティブなイメージしかありません。おくむらが家庭を持つ上で唯一譲らなかったところは、「娘を転校させるような状況にしないこと」ですね。家を買う時期など、転校を余儀なくされてしまうこともあるかと思いますが、どうしても良い物件が見つからない時は、最悪の場合として遠く離れた場所にとは考えていました。運良く、賃貸で住んでいた地域と同じ地域内で良い物件を見つけられたため、教育環境は変わらず、家庭環境が飛躍的に良くなったので、娘ものびのび育ってくれています。

おくむらが高校のときに、父がアメリカへ転勤するという話を持ってきたことがあります。ただし、それは断ったあとです。アメリカの方の親会社というか何というかに赴任になるという話だったのですが、「友達と離れるのは嫌だろう?」という謎の気遣いがこんなタイミングで出てきて、何を言っているんだろうと思ったら、何てことはない、父自身が行きたくないからダシに使われたというだけの話でした。その頃おくむらは、海外で生活してみたいと思っていたし、母もそういう生活には憧れていました。弟も乗り気だったので、父だけがホームシックを行く前から炸裂させて、「家族のことを考えて」断ってくるという何とも情けない話でしたね。

この話が逆だったら、おくむらと父は今みたいに歪な関係にならなかったと思います。小学校は転校したくないだろうから断ったよ、アメリカには行ってみたいって言ってたから受けてきたよ、そんなことを言ってくれる父親だったら、今も頼りにできたのではと思っています。実際には、自分がやりたいようにしかやらなくて、家族のことなんかほとんど考えてくれていなかったんだなと思って寂しくなるばかりです。

仕事の都合でどうしても引っ越さざるを得ないような状況になることもあろうかと思います。自分のやりたいことを追求するべきか、自分の気持ちに正直に取捨選択すべきか、家族の思いを汲んで行動すべきか、仕事だからと他のことに目を瞑って受け入れるべきか、選択肢はいくらでもあると思います。ただ、おくむらとしては、家族が楽しく暮らせるために仕事をしているはずなので、家族の意見をきちんと聞かないで行動に移すのは賢明な判断ではないと思っています。今、小さいながらも一軒家に住んでいますが、この家を選ぶ時も、家族で何度も相談して、現地を何度も何度も見に行って、決断しています。もし、娘が小学校に合っていなければ地域を変えることも考えましたが、非常に良く馴染んでくれていたので、住居購入の段階は最善の選択ができたと思っています。

子どもの頃に失ってしまった信頼関係というのは取り戻すのがとても難しいものだと思います。家族が関係するイベントがあるとするならば、きちんと家庭内での意見交換、情報共有をして、みんなが納得できる選択をしたいものです。一生懸命育てても、娘2人から嫌われてしまったら元も子もないですからね。親の心子知らずとは言いますが、未だに父親の気持ちは分かりません。息子に疎んじられても、あの時あの選択をした理由は説明されても分かりません。こんな風にならないように、家族に寄り添って生きていきたいなと思うばかりです。