高専(高等専門学校)を退職しました。

投稿日:2018年03月31日 |カテゴリー:学校, 研究

みなさま、こんにちは。おくむら(@nori_broccoli)です。

タイトルの通りです。本日(2018年3月31日)をもって、10年間勤めた高等専門学校を退職しました。思い返してみると本当に色んな事がありましたが、周囲の支えもあってどうにかこうにかやってこれました。私の近況報告と言えば愚痴ばかりで、気分の悪くなることばかり垂れ流してきた事は反省すべきところであると同時に、そうすることで心の平穏が保たれていたという部分もあります。ただ、10年という節目の年で新しい環境に縁があったことも何か不思議な力を感じますし、私が高専のことを書くと基本的にネガティブなことばかりなので、ここはあえて10年間の良かったところをおさらいしてみようかと思います。

強くなれた

これが一番大きいのではないかと思います。もちろん強くなれたということは、何らかの逆境にあって、それに打ち勝つ努力をしたということなので、逆境自体は大変なものでしたが・・・。

そもそも高専という職を選んだのは博士課程終了間際に一部免除となったとはいえ奨学金という莫大な借金を抱えた人間と結婚してくれた妻を養っていくことが大きな理由でした。その頃は、どこもかしこも任期付きのポジションばかりで、5年後生きてるか分からないというような状況ではなかなか新生活を始める勇気もなく、最初から任期なしの仕事が欲しかったというのが本音ですね。私は元々有名研究室を出ているわけでも業績をたくさん持っているような優秀な研究者でも何でもなかったので、分相応に教育を頑張ろうかなと思っていました。もちろん、教育自体はしっかり取り組んできたと思いますし、良い学生が巣立っていってくれているので、多少なりとも彼/彼女らに良い経験をさせられたのではとそれなりに自負しているところはあります。

では、強くなれた、というのはどういうことかというと、高専という劣悪な環境の中でも折れずに頑張れたことですね。確かに、自分のラボらしきものは持てますし、自分の裁量で研究テーマを決めたり学生の指導方針を決めたりできます。講座制でもないので、本当に自分一人の裁量でどうにでもなる環境です。一方で、授業の持ちコマ数は多く、ほぼ毎日2科目ずつぐらい埋まります。委員会の仕事も山ほどあるし、寮の泊まりもあれば部活の引率もあります。そういった中で、研究を続けていくというモチベーションを保てる人は少数で、大抵の先生は、「教育に生きる!」とか「研究はやめた!」とか宣言し始めて、state-of-the-artなところはもとより、10年も20年も前の状態で研究がストップしてしまっています。そんな中でも、Second tierクラスの国際会議には何とか年に1本以上は出し、指導している学生にも同様に国際会議や国内の研究会などで発表させられるよう意識を保つのは並大抵のことではありませんでした。

もっとも、私自身がそもそも出来の良い人間ではないので、「年に1本なんてたかが知れてる」、「出せる人は高専でももっと出してる」と言われればそれまでですが、自分なりにできる精一杯をやってきたつもりです。博士課程に居た頃の何倍やっているのだろう・・・と思います。要件だけ満たして学位を取った人間としては、本来博士課程ですべき努力をようやく就職してからやったのかよ・・・みたいな話です。ただ、少なくとも博士課程に居た頃の自分と比べると強くなれたと胸を張って言えるぐらいの10年間だったと思います。若手研究Bは上限の2回採択して頂けましたし、学会の委員の仕事なんかも回ってくるようになりました(普通はやりたくないのにどんどん回される・・・みたいな状況かも知れませんが、私の場合、お仕事が回ってくること自体が嬉しかったりします)。どこに行ってもアウェイな感じしかしなかった学会でも、名札をつけていなくても識別してもらえるようになってきました。石の上にも三年ですね。

知り合いが増えた

これはもう、博士課程時代の自分の努力が明らかに足りなかったことが原因なので、取り返すまでに随分苦労した気がします。学会に行くというのは、ただ自分の発表をこなして帰るだけ、儀式的なもので修了要件に必要だからやってる、みたいな感覚でしたし、そこでコミュニティを作ったり新しいテーマを探したり勉強したり、などといった、学会に参加する本来の趣旨は全く意識すらしていませんでした。就職して自分でいろいろ研究計画を立てて自分の責任で仕事をする段になってようやくそういったことの大切さが身に染みて分かってきたという何ともお粗末な話です。

ただ、そこで嘆いていても仕方がないので、誰も知り合いがいない、アウェイな学会に根気強く出続けて、少しずつ話せる人を増やしていって、ようやく研究が楽しくなってきたという感覚を持てました。SNS関係の知り合いももちろんいますが、学会で知り合った方々には本当に感謝以外の言葉が見当たらないです。ドラクエで言えばスライムみたいな、FFで言うならゴブリンみたいなこんな人間の相手をして下さる方が意外にもたくさんいるのだと感激しています(本当ですよ?)。

知り合いが増えたことで、先の項目でも書いたように色んな仕事を振ってもらえるようになりました。「外部委員の経験」とか、「学会の運営経験」とか、そういう履歴を持てることは、結果として高専でも異動先でも評価に繋がっているので、知り合いを作る努力をするというのは自分にとって大きなメリットがありました。放っておけば引きこもっている人間なので、外に出て行って自分から知り合いを作りに行くなどという能動的な行動ができたのは、高専の環境があまりにも劣悪だったから、という逆説的なお話ではあります。

学べた

一言で言うとそういうことです。私の専門は知識工学で、特に知識構築に関しての研究を続けています。推論などはあまり得意ではなく、昨今世間を賑わせている機械学習の技術などの知識は皆無でした。外の分野の研究に目を向けるようになり、飛び込んでくる数式から目を背けるようになり、これじゃいかんだろう・・・と必死で学び直しています。実際、ほとんど独学でテキストを読みあさりながら機械学習の知識をつけているところですが、ようやく論文の数式を追うのに抵抗がなくなってきました。ただ、独学と言っても本当に一人だけで勉強するのは心が折れる作業です。

何かに追われるとか切羽詰まったような状況じゃないと本気にならない人間の私は、やったこともない機械学習を授業で教えようとか、学生の研究テーマに機械学習を使った何かをやらせようとか、自分が理解していないと教えることはできないという状況を作って勉強していました。ある意味で学生さんとうまく張り合うことで、負けてなるものか!というモチベーションで勉強していました。地頭の良さでは高専の学生には勝てないことは明白なので、裏でコツコツ勉強して、さも簡単に理解したように振る舞うみたいな、何とも子供じみた演出ではありますが、そういった環境に自分を追い込んでいくことで学ぶことができたと思っています。

そういう面では、自分より賢い学生さんばかりの環境に身を置けたことに感謝せずにはいられません。

感謝された

私は、自分なら自分の研究室には絶対行きたくない、という研究室運営をしています。隙あらば楽しようという性格の私は、こんなキツい研究室(いわゆるブラック研究室)には自分では絶対に入りません。ただ、せっかく縁あって学生さんを受け持つことになるのだから、何か一つでも鍛え上げたい、何か一つでも学んでもらいたいと思っているので、少なくとも学科の中では一番厳しい研究室を目指して運営してきました。他の研究室では、卒論のチェックは指導教員すらしない・・・みたいなこともあったりしますが、私のところでは学生同士で徹底的に添削させ合って、全員のOKが出てからでないと私に提出できない、私に提出できたとしても卒論なら数百個単位のコメントを入れていく・・・というスタイルで指導しています。

その甲斐あってか、私の研究室から巣立っていた学生が大学の研究室や企業の各部署に配属されたときに指導教員や上司の方から、「とても優秀な学生で助かっています」とか「報告書の初稿が他の人間よりも綺麗で読みやすい」とか、とても嬉しい連絡を頂けたりします。私の目標としても、大学や企業で即戦力となれる学生を送り出したいと思っていましたし、こういったお礼の連絡を頂けるのは本当に嬉しいことです。自分が育てた学生が有名研究室の先生と私をつなげてくれたり、企業の方とつなげてくれたり、これまでの自分の努力だけではどうやってもつながらなかった人脈が形成されてきたことは今後の私にとって大きな財産となります。あれ・・・感謝された話をしているはずなのに、自分が卒業生に感謝してしまっているぞ・・・。

縁があった

一部ご存知の方もいるかと思いますが、最も良かったことは、異動先と縁があったことですね。私のような雑魚キャラでも10年間重ねてきた自分なりの努力を拾い上げてくれるところがあったことに感謝せずにはいられません。高専で10年間勤めてきたからこそ、その経歴で私を買ってくれているということですから、これが最も良かったことで当然です。多分、大半の高専教員のように研究リタイア組になって悠々自適な生活をしてしまっていたら得られなかった縁です。逆境に身を置きながらもどうにか頑張ってきたことが評価されたというのはありがたいことです。

さいごに

退職エントリなんてそうそう書けるものではないですが、何を書いて良いやらという感じなので、可能な限りネガティブにならないようにネガティブな内容も交えながら良かったことをまとめてみました。つくづく自分の文章力のなさに悲しくなりますが、心はとても晴れやかです。私の置かれていた状況を少しでもご存知の方は、どれだけ今の私が晴れやかな気持ちでいるのか想像して頂けるかと思います。本日、部活動の引率という業務で高専教員生活を終えたわけですが、最後の仕事が引率っていうのもまた、高専らしい終わり方かなと思います。寮の宿直で終わらなかっただけマシかなとか下らないことも考えます。

明日からは大学教員としての生活が始まります。これまでとはまた違った形でみなさんと関わって良いなと思っています。今後ともよろしくお願いいたしますm(_ _)m